交流掲示板|岩手県立水沢高等学校同窓会

投稿や返信は 一覧表示 から。

No.1836 後藤壽庵と胆沢平野  近郊シニア  2018/01/06(Sat) 21:29

高校を卒業して胆沢を出るまで、胆沢平野はあたり前に身近で特に感じることもなかった。

去年の暮れ近くに「慈しみの大地、生きている壽庵の魂」なる民放のテレビ番組を見たついでに正月は地図遊びをしたので結果をご紹介します。


後藤壽庵は胆沢平野北半分より標高の高い南半分の荒れ地を農地に変えた壽庵堰によって水沢では「水沢の三偉人」と同じように知られ尊敬もされている。他に伊達藩、後藤壽庵廟堂、クルスなどが壽庵に関連するキーワードになっている。
番組の内容はさておき、壽庵堰はどこを流れているのか。そういえば水沢市街には何本かの川が流れていたのを思い出し、乙女川や大町川、水高にいく途中には大鐘川もあった。
ただ、それらの川に関して壽庵の名は聞いたことがなく結び付いたことがなかった。

ここからがGoogle Mapさんの出番になり、3本ある壽庵堰は全部たどって痕跡を追いかけることができました。
若柳の円筒分水工「徳水園」あたりから始まって最後は北上川に注ぐが、水沢市街で目にする川に壽庵の名を聞かない理由が分かった。
もっとも北の壽庵堰は水沢市街から外れて水高の僅か南を流れる壽庵下堰です。胆沢平野のおおよそ南半分の前沢あたりまで南に向かって壽庵中堰と壽庵上堰が掘られている。写真の上は東北自動車道近くの壽庵下堰です。区画整理で変わっているだろう。写真下が水高南近くの下笹森親水公園にある「壽庵下堰」の表示です。
大鐘川は茂井羅南堰の現在形のようです。水沢市街を流れる川は茂井羅南堰や茂井羅中堰から分岐したものです。
胆沢平野の北半分は茂井羅南堰から北に向かって胆沢城跡近くの茂井羅北堰まで、多くある堰で潤っている。

それにしても昔の人の農地に賭けたエネルギーと執念には驚く。現在の胆沢ダムあたりからトンネルを掘ったりもして取水している。

写真はGoogle Mapからです。